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1000kmプラクティス 走行レポート(コースイメージ)
| いずみです。 先日は大変お世話になりました。 遅れましたが報告いたします。 今回の一番の目的はPBPと同じ距離を走ることでした。そのために残りの200kmをどこで走るか考えました。結果的に仕事の都合で先に走ることになったのですが、出来ればスタートを夜にして後から200kmを走りたかった・・・。 11日の12:00にスタートしていつもの練習コースを走り、一旦自宅に戻ってから待ち合わせ場所の県庁に向かいました。すでに小倉さん納見さん見送りの竹居田さんが待っていました。挨拶をすませ、「小倉さんに九州から帰ってきたばかりなのに凄いですね」と尋ねると自転車に乗りたくてしょうがないと笑顔で答えが返ってきた。恐れ入りました。 タイム 埼玉県庁前 11日 22:00 所沢航空公園 23:00 京王線高尾山口駅前FM 12日 0:30 笹子トンネル手前FM 3:30 穴山橋7−11 6:31 身延駅 8:50 富士川7−11 10:30 御前崎FM 15:45 掛川デニーズ 18:20 天竜二俣サークルK 20:26 新野峠 13日 4:00 飯田サークルK 7:16 辰野7−11 10:39 白馬7−11 15:39 辰野7−11 20:24 白州道の駅 14日 0:28 穴山橋7−11 6:22 柳沢峠 11:00 自宅着 16:40 竹居田さんに差し入れをもらい(ありがとうございました。)見送られ、妻神さんの待つ所沢へ。そして山崎さんとの待ち合わせの高尾に到着すると山崎さんから電話が入り少し遅れるとの事、20分遅れで着いた山崎さんいわく家を早く出すぎて遠回りをしたら迷ったとのこと。皆さん距離を走りたい人ばかりといつもながら思う。このころから雨がパラパラし始めた。スタートしていきなり大垂水峠の上りである。妻神さんと山崎さんが先行であがっていく。その後小倉さんを先頭に県庁組が続きしばらく走る。上野原を過ぎたあたりで山崎さんが遅れはじめ、納見さんに休むので先に行ってほしいと言い離れていった。仕事でかなり疲れているようである。大月を過ぎるころから本降りとなったがカッパも着ずに小倉さんは黙々と走っていた。すると先行していた妻神さんの後ろ姿が確認できた。カッパ着ていたので止まっている間に距離が縮まったのだろう。4人で笹子のFMに到着し食事していると妻神さんがここで少し休んでから引き返すと言い出した。雨は相変わらず本降りだし走っいて詰まらないとのことである。遊びで趣味なのだからもっとも意見だと私は思った。 妻神さん(この後ピラーが折れて難儀されたみたいですね)と別れ薄明るくなったFMを後にした。ここから3人での走行が始まった。いつもは恐い笹子トンネルの中はこの時ばかりは、快適であった。勝沼を過ぎ甲府に入るころには小降りになった。韮崎に入ると穴山橋まで釜無川沿いのダラダラした上りで対岸には、あとで通る白根(南アルプス市)からの道が見える。穴山橋に着くと石丸さんが車の中で休んでいた。挨拶をすませ、食事をして気合を入れなおし出発した。天気は回復傾向で気分も良かった。気になることは天竜から道が深夜なる事である。公式ルート上なので問題も無く進み身延駅で小休止した。すると、山崎さんからメールが届き穴山橋とのこと3時間程休んだらしい。我々は、ここまで2時間で来ているので山崎さんの方が良いペースできているのだろうと思った。富士川橋の信号待ちでふと振り返ると、富士山が見えていいもんだと改めて思う。気温も上がり始め梅雨の晴れ間に当たった。今回初めてやったことがいくつかありますが、一つ目は1号線の歩道を走ったこと。なかなかよいものでした。気温も上がり炎天下の中順調に進んできたが、皆そろそろ眠気が襲ってきたようで大井川を渡った採石所みたいな所のコンクリの上で寝転んだ。14:00前後の一番暑い時間帯であった。30分の仮眠後、御前崎まで進んだ。多少の向かい風であるがこの位ここでは仕方ないと諦めた。嬬恋を通り過ぎる時ここは「ゴールじゃないんだ。」などといいながら通過、掛川のデニーズに寄ろうと私が提案して寄ってもらった。ハンバーグが無性に食べたくなったのである。ファミレスに入るのも初めてである。あまりの暑さにグラスビールを飲んでしまった。休憩をとる時に山崎さんにメールをしてみた。直ぐに返信があり御前崎に居ることがわかった。一時間半くらいの差かなと思った。 天竜二俣に行く途中に花火が見えて、普段なんてことのないものでもこの時ばかりは、良いものである。二俣を過ぎ秋葉ダム手前のトンネル入口で仮眠することになった。横になっていると納見さんが「大ムカデがでた。」と言い出しその場を後にした。天竜川を遡るとなにやら光る物体が飛んでいる。よく見るとそれはホタルであった。今回の走行の中で一番感動したことでした。ココにはまだまだ自然が残っているとあらためて思いました。 途中民家の軒先や豊根の道の駅などでちょこちょこ休みやっとの思いで新野峠に到着。この峠以前から豊根側の工事をしていますが、完成すると橋などを使ってかなり直線的に上るようにしているようですね。車にとってはいいのですが勾配がきつくなると自転車には、辛いです。休憩をして明るくなってきたので下ることにしました。二日目の夜明けだなどと思いながら軽快にダウンヒルを楽しみました。降りきるとアーアここから飯田までのアップダウンの始まりかと思い嫌になる。カッパを脱ぎ通常モードで走りはじめる。明るくなったこともあり眠気の方は落ち着いている。販売機で休みを入れ飯田までもう少しのところで対向車から誰かが声をかけてきた。見ると丹治さんであった。MLでもしかしたら行くかもと言っていたが本当に現れた。律儀な人である。サークルKまでもう少しだったのでそこで待っていてもらうことにして我々も急いだ。飯田に到着し丹治さんにわざわざ遠くまで来てくれたお礼を言い、しばらくこで食事と雑談をした。小倉さんは制限時間を気にしていた。このままのペースでいったら着くのが15日の早朝になり仕事に響くとの事でリタイヤを決めた。丹治さんがショートカットを提案したが同じリタイヤするなら早く帰って体を休めたいと言った。そこには県庁前の笑顔はすでに無かった。それもそのはずである一週間前に単独で九州から帰ってきたばかりなのに今回ここまで500km以上走ったのだから無理も無い。ましてスタートの前の晩も徹夜状態でスタートしたのでまともな睡眠をとっていなくて良くここまで頑張れるなと思う。そして丹治さんの車に乗せてもらい帰ることになった。(しっかり休んで万全の体調でフランスに行きましょう)納見さんも悩んでいた。やはり仕事が気になるみたいである。そして納見さんは、600kmのコースを走ったことが無いので白馬はカットして諏訪回りで穴山橋まで行くと石丸さんに連絡していた。途中何度か古傷の膝が痛むということで止まっていたが、ここまで頑張ってきたのである。結局、納見さんは自走で帰り850km以上走りきったのである。(次回は時間をしっかり作って頑張りましょう)それと決して坂は遅くありませんよ。ブルベはヒルクライムレースでは無いのですから。 私は、今回の一番の目的は、1200kmを走る!であったので、いける所まで行くと電話している小倉さんに石丸さんへ伝言してもらった。県庁から一緒だった3人がここでバラバラになった。 8:00に一人で再スタートをきった私はとりあえず辰野まで65kmを2時間半で行ければと思い飛ばした。この区間はたいしたアップダウンもないので、岡谷よりは近いし頑張ろうと思って結果10分遅れで着いた。石丸さんに連絡を入れ白馬に向かうことを告げ辰野を後にした。この時、石丸さんは私が苦しむであろうことを予測していた。 辰野より先は、(正確には追分交差点)初めて通るので不安と期待があった。ルート的には国道一本なので問題は無い。地図で確認したら峠らしきものも無いようである。大丈夫かなと思い進んだ。多少勾配はあるが今までの道に比べれば大したことなく、何か峠みたいな所に着くと登坂車線終わりなどと書いてある。やばい帰りはキツイかもと思い下り始めたらやっぱりその通りであった。苦しみは後でくるのだからここは下りを楽しんだ。一気に塩尻の市街まで行きR19出た。ここからは、知っている道なので道の変化は頭に入っていた。以前、白木さんが言っていた塩尻北インターの健康ランドを探したが見当たらず通り過ぎてしまった。(今回加藤さんが確認してくれるそうだが)松本市内までは緩やかな下りである軽快に進む。下りも終わり松本市街を抜けたあたりから眠気が襲ってきたので、取りあえず食事をしようと思いローソンに入って弁当を食べその場でしゃがみ込んだがイマイチで寝られる場所を求めて走り出した。すると犀川の土手にいい所があり横になる。 30分位で目は醒め復帰した。ここから大町までダラダラ上りである。走り出すと直ぐにポツポツとまた落ちてきた。回りを見ると黒い雲だらけである 大町市に入るころには本降りまた雨天走行である。佐野坂を登れば白馬はすぐそこ駅前をすぎ7−11が現れた。あとは帰るだけだと思ったがここからが大変だった。 また佐野坂を上り大町までくると今度は、どしゃ降りである。持っているものを全て着てなんとか寒さを凌ぎながらの走行である。後で聞いた話だが石丸さんは天気図を見ていてこの雨を予測していたと言っていた。しばらくして雨は普通の降りかたになった。この雨は朝まで止む事は、なかった。松本市内から今度は、ずーと上りになる。下ったんだから当たり前話だがいい加減いやになる。塩尻に着くころには、すっかり暗くなっていた。するとR-153を一車線規制して祭りをやっていた、秩父の夜祭を見たことがあるが同じように山車を引いてその上で人がワーワーとなにか言いながら国道をゆっくりと降りて行く様を見ながらこちらはゆっくりと上りながら良いものを見せて貰った気になった。同時に花火もあがり見ごたえがあった。ただ雨だけは、無情にも降り続いていた。祭り区間も終わり今度は勾配がきつくなってきた。行きに確認しておいて心の準備はしていたが、これが結構きつく足に応えた。なんとか上り終わり下りながら辰野までいっきにおりた。往復180kmを10時間も掛かってしまった。距離が長くなるほどスピードが落ちるのは、当然だがせめてアベ20km/hは、クリアしたいなと思う。 辰野で石丸さんに定期連絡を入れると白州の道の駅で待っているとのこと。自分では、2時間半もあれば、着くだろうと考えていたが大きな間違いだった。通常元気なときなら問題無いことも3日目の夜ともなると眠気も半端じぁなく、諏訪湖沿いの道で居眠りが始まった。新しい道は車が頻繁に通るので、まずいと思い旧道に逃げたが眠気が治まるはずも無く居眠りは続く。この間R−20に出るまでは、ほとんど記憶がありません。 R-20の交差点まで来たのですが、このまま進むのは危険と思い角のスタンドで座り込んだが、スタンド荒らしに間違われるのもいやなので、向かいの電気工場の軒下に座り、レスキューシートを体に巻いてしばしボーとした。雨で濡れた体からは体温が奪われ寒気がしてきたので、思い切ってその場を後にした。ここからが地獄の始まりだった。悪い条件が揃っていた。雨、深夜、過労、そんな中トラックは、直ぐ脇をものすごいスピードで抜いて行く。私にはまるで、自転車でこんな所をこんな時間に走るものじゃない、はたまたこんなに寄って自分は車幅感覚が凄いとでも言いたげな運転で抜いて行きます。なにが恐いって、人間が運転していることが一番の恐怖です。自然相手だったらこちらが気をつければなんとかなるでしょう。でもいくら反射材を付けていても、居眠りや飲酒運転をしているドライバーは必ずいます。そんなのに当たったひには、自転車なんて紙クズ同然、ひとたまりも無いでしょう。またこちらもよろければ結果は同じです。 以前友達をブルベに誘ったときに言っていました。夜は走りたくないと。見送ってもらった時も悲しい顔をして、闇夜に消えて行くおまえを見送るのは、辛いとも言っていました。しかし私は走っています。中には良心的な人もいて徐行して大きく開けて抜いてくれるトラックもあります。大半は前者ですが・・・抜かれる度に大声で文句を言いますが聞こえるはずもなく無常にも通り過ぎていきます。眠気もピークで、まずいと思いながらもスピードは落ちていき今にも止まりそうになりながらやっとの思いで富士見峠に着きました。いつもなら大喜びで下るところなのですが、今回ばかりは勝手が違い眠気は当然ながら下りによる体温低下で今回は、ここでリタイヤかなと考えながら走っていました。 白州に入るとすぐに7−11があったので暖かい物とカッパとシャツとタオル買い道の駅までたどり着いた。石丸さんは寝ているみたいなので声はかけずに自転車を車の所に置き、トイレで着替えて携帯を見ると山崎さんからメールが入っていた。20:55に体調不良もありリタイヤいたとのこと。私が辰野に着いたのが20:24だったのですれ違いだったのだ。これを書きながら時間合わせをしていて気がつきました。ここには木のベンチがあり、それを二つ併せるといいベットになった。買ったシャツとカッパを着込みタオルを首にまいてレスキューシートに包まった。今回初めてしっかりした睡眠を取ることができた。気配を感じ起きると石丸さんが立っていた。助手席を空けて待っていてくれたらしく悪いことをしてしまった。昨夜の私の状態ではどんな所でも良かったのである。 4:30に起き6:00までいろんな事を話した。石丸さんが私にアームカバーを渡してくれた。納見さんが拾ってくれていたらしい。(ありがとうございます)そろそろとうことになり、穴山橋まで下り、石丸さんは次の仕事があるというのでお礼言い別れた。雨はあがっていた。私は朝食を取り、帰路をどうしようか考えた。石丸さんも公認コースからの離脱は自由と言っていたので最初の200kmはほとんど山らいし所が無かったのと、R-20をあまり走りたくないので、甲府市の裏側からR-411で柳沢峠(1472m)経由奥多摩回りで帰ることにした。平日とあって車は少なめで気持ちの良い道である。ただ、坂がキツイのことが難点である。元気なら問題ないところも今日は勝手が違う。途中小休止をして峠に着いた。下りに備えカッパを着て楽しい下りである。しかしまた眠気が襲ってきたので、丹波山村の温泉施設のベンチで横になり仮眠した。昼のサイレンが鳴り、そろそろおなかも空いてきたので、奥多摩湖駅の先の7−11で食事をした。 いよいよ最後の区間の始まりであるがなんてこなく自宅に近づく。そしてそのときが訪れついに終わりになった。76時間40分の旅が終わった。 ● 体調や考え方の変化 ・尻痛 今回アソスのシャーミークリームを10時間間隔でたっぷり塗った。結果痛く無い訳ではないが我慢できる範囲ですんだ. ・サドル スペシャライズドのミラノチタンというもので、柔らかめで私には良かった。 ・パンツ パールイズミの長距離用パットの付いた物 ・目 走行中に虫やゴミや汗が入った。途中より左目がかすみ目になった。結果帰った次の日に左目が腫れた。一日で腫れは引く ・頭痛 原因はわからず帰ってから3日間続いた。 ・ペース配分 今回はあまり考えず心拍数があがらないようにした。(165拍以下) ・考え方の変化 本番ではもう少し寝る時と走る時のメリハリを付けたい。 ・今回の時間について 本番ではCPでかなり時間を取られると聞きました。それにアップダウンが多いと聞いています。したがって、今回のタイムの約10%をのせて遅くても85時間。目標タイムは60時間。ムリかな? 長々と失礼しました。PBPではよろしくお願いします。 泉 浩司 |
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投稿日 7月17日(木)20時23分 投稿者 納見謙一削除
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投稿日 7月17日(木)14時21分
投稿者 片桐削除
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| 題名: Re: FR712 先日は大変御世話になりました。1000km漫遊記報告します。 1)1000km参加の目的 1.一睡もせず完走できること 2.尻痛になんとか耐えられること を確認することだった。 2)結論として 1.約20時間目で1時間に及ぶ転寝、自信を完璧に喪失した。いままでは炭水化物摂取によるホルモンの作用やどか喰いによる胃腸への負担が眠気の主原因ではないかと想像していた。それには細心の注意を払っていたが、今回は単調な道路と自動車の往来が極端に少ないという条件により緊張感が緩んだためだと思う。 2.尻痛はかろうじて我慢できた。過去3回の600kmよりも良かった。今回の対策項目で最も効果的だったのはタイヤだと思う。ビットリヤのスペシャルパーべという銘柄で、その乗り心地はしっとりとして潤いがある感触で化粧品のうたい文句のようである。他の参加者にもお勧めしたい品である。 尻痛対策については前回4/26からずっと検討してきた。サドルについては6品試してみたが大同小異だった。が、唯一無比効果があったのはサイクルパンツ2枚着用だった。欠点は屈曲損失によるロス馬力があまりに大きいことである。パンツ1枚脱いで走り出した時の爽快感をたとえるとすると星飛雄馬が大リーグボール養成ギブスを外したときのようと言えば年長者にはわかるだろうか。逆にいえば運動性を多少犠牲にしてでも尻痛性重視のパンツの開発の余地があるということであろう。残り時間と衣料メーカーにつてが無いのが残念である。 3)走行結果 下記にコンビニレシートの記録を示します。
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